公 務員制度改革にかかわる資料



国 家公務員の労働基本権(争議権)に関する懇談会報告



平成22年12月

はじめに

1 基本法の規定及び協約締結権に関する検討の経緯

 国家公務員制度改革基本法(平成20年法律第68号。「基本法という。は「以下」)、国民全体の奉仕者である 国家公務員について、一人一人の職員が、その能力を高めつつ、国民の立場に立ち、責任を自覚し、誇りを持って職務を遂行する」ことを改革の目的として掲げ た上で、国家公務員制度改革の基本理念及び基本方針等を定めている。
 その基本方針の一つとして、労働基本権については「政府は、協約締結権を付与する職員の範囲の拡大に伴う便益及び費用を含む全体像 を国民に提示し、その理解のもとに、国民に開かれた自律的労使関係制度を措置するものとする」と基本法第12条に規定されている。
 これを踏まえ、国家公務員制度改革推進本部に設置された労使関係制度検討委員会において、協約締結権が付与されていない職員に協約 締結権を付与するに当たっての制度的検討が重ねられ、平成21年12月に「自律的労使関係制度の措置に向けて」と題する報告が取りまとめられた。
 政府においてはこの報告等を参考に自律的労使関係制度の設計作業を進めており、その検討状況の一部について去る12月7日に国家公 務員制度改革推進本部事務局から「自律的労使関係制度に関する改革素案【たたき台】」(以下「素案(たたき台)という。別添2参照)を公表し、引き続き各 方面の意見も聴きつつ検討を深めているところである。

2争議権に関する検討の経緯及び懇談会における検討の基本姿勢等

 協約締結権をめぐる検討の過程において、自律的労使関係制度に関する政府案を取りまとめていく上で、争議権も 含めた労働基本権全般にわたる総合的検討が必要であるとの判断の下、公務員制度改革担当大臣の下に本懇談会が開催された。
 懇談会の運営については、公務員制度改革担当大臣から、争議権を中心として労働基本権全般をめぐる課題について、予断を持つことな く幅広い観点に立って議論を進めるよう要請があった。懇談会としては、この要請を踏まえ、主として制度設計に当たっての基本的な考え方の整理と、実効性の ある選択肢の提示に向けて議論を開始した。なお、議論に当たっては、国家公務員に争議権を付与するか否かについての結論をはじめに決めた上で議論すること は避け、
・自律的労使関係制度の本旨に照らして争議権がどのような意義を持つのか、
・争議権を付与すべきか否かを判断するに当たっては、どのような点に留意すべきか、
・仮に争議権を付与する場合の制度設計に当たっては、どのような点に留意すべきか、
 等について争議権を引き続き制約する場合と比較する姿勢を保ちながら検討を重ね、政府が争議権も含めた労働基本権問題について政策 決定する際の参考を供するよう努めたところである。
 また本懇談会においては国家公務員の争議権を含む労働基本権問題を検討したが、基本法附則第2条において「国家公務員の労使関係制 度に係る措置に併せ、これと整合性をもって、検討する」こととされている地方公務員の労働基本権問題については、地方公共団体や地方公務員の特性も十分に 踏まえて別途検討がなされるべき重要な課題であると考える。
 基本法第4条第1項には「必要となる法制上の措置については、この法律の施行後三年以内を目途として、すなわち平成23年6月まで に講ずる旨が規定され、また平成22」年11月1日に閣議決定された「公務員の給与改定に関する取扱いについて」において「次期通常国会に、自律的労使関 係制度を措置するための法案を提出し、交渉を通じた給与改定の実現を図る」とされた。
 これらを踏まえ、本懇談会においては11月26日の初会合以来、5回にわたり集中的に議論を重ね、ここに懇談会としての検討成果を 以下のとおり取りまとめるに至ったものである。


第 1 国家公務員の争議権をめぐる現状等

1 我が国 における労働争議の状況等

 我が国における労働争議全体の状況をみると、怠業、同盟罷業又は作業所閉鎖など何らかの争議行為を実際に伴っ た争議の件数は、昭和30年代、40年代を通じて増加し、昭和49年に9581件を記録した。それ以降は趨勢的に減少し、特に近年は低水準で推移し、平成 21年には92件になっている。 こうした変化の背景には、労使協議制の定着等に伴う労使関係の安定化や、企業間競争の激化など民間企業の経営環境が厳し さを増す中で使用者に対して労務の不提供をもって対抗する上でのリスクが高まっていることが存在するものと考えられる。 また、争議行為を実際に伴った争 議に、争議行為は伴わないが解決のために労働委員会等が関与したものを加えた総争議の件数も、基調として同様に推移している。例えば、昭和49年には総争 議10462件のうち9581件(91.6%)が実際に争議行為を伴っていたのに対し、平成21年には総争議780件のうち実際に争議行為を伴うものは 92件(11.8%)となるなど、労使関係の自律性が定着し、集団的労使交渉不調時の調整システムの機能が充実してきたこともうかがわれる推移となってい る。 国家公務員法(昭和22年法律第120号)第98条第2項において「職員は、政府が代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議 行為をなし、又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、 若しくはあおつてはならない」こととされており、また特定独立行政法人等の労働関係に関する法律(昭和23年法律第257号。以下「特労法」という)第 17条第1項において「職員及び組合は、特定独立行政法人等に対して同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。 また、職員並びに組合の組合員及び役員は、このような禁止された行為を共謀し、唆し、又はあおつてはならない」こととされている。
 こうした中、国家公務員による争議行為を実際に伴った争議件数を統計調査によってみると、民間企業同様、昭和49年の39件をピー クに一度減少し、昭和56年に37件、57年に34件を記録したものの、その後は再度減少し、平成10年以降は全く発生していない状況にある。国家公務員 の労働争議が近年発生していないことの背景には、公務部門においても労使関係の成熟が進んだこと、公務部門の労使関係に対する国民の見方が厳しさを増して いることなど国家公務員の労使関係を取り巻く様々な環境変化が存在するものと考えられる。

2諸外国における労働争議や労働基本権の状況、ILOの動向等

 諸外国を見ると、賃金の凍結や増税、年金支給開始年齢の引上げ、勤務時間の延長等をめぐり、国家公務員も含め た公務員による争議行為が、大規模なものも含め引き続き発生している状況にある。
 ただし、国家公務員への労働基本権の付与の状況は国によって異なる。例えばイギリスでは、軍人等を除いたすべての国家公務員に団結 権、協約締結権を含む団体交渉権及び争議権が認められている。ドイツでは、官吏には団結権が認められる一方、その勤務条件を労使交渉により決定することは 認められておらず、争議権も認められていない一方、公務被用者には団結権、協約締結権を含む団体交渉権、争議権が認められている。フランスでは軍人等を除 いて団結権及び争議権は認められており、勤務条件に関する団体交渉は行われているが協約締結権は認められていない。アメリカの連邦職員では軍人等を除き団 結権は認められているが、法定の勤務条件についての団体交渉は原則として認められておらず、争議権も認められていない。
 このように、いわゆる先進国をみても、労働基本権の付与の状況は、各国における歴史的経緯や国民意識等を反映して区々多様であり、 必ずしも一貫した傾向がある訳ではない。
 国際労働基準を設定しているILO条約について、我が国はイギリス、フランス、ドイツ等と同様に、第87号条約(結社の自由及び団 結権の保護に関する条約)及び第98号条約(団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約)を批准している。こうした中、我が国の公務員の争議 権については、平成14年にILO結社の自由委員会から「委員会は、ストライキ権に関する多くの原則のうち、ストライキ権は、労働者とその団体の基本的権 利であり、以下の例外を除いて、公務員が享受すべき権利であることを想起する:軍隊及び警察、国家の名の下に権限を行使する公務員、用語の厳格な意味にお ける不可欠業務、又は深刻な国家的危機状況における業務に携わる労働者」という趣旨の報告がなされているが、例えば「国家の名の下に権限を行使する公務 員」の定義が示されている訳ではない。ILO結社の自由委員会からは、その後も「公務員への労働基本権の付与」等について十分な社会対話の促進を累次求め られているところであるが、いずれにしても、我が国の国家公務員の争議権も含めた労働基本権問題については、諸外国の事例やILOの勧告及び報告の内容を 十分参酌した上で、最終的には我が国として主体的に決定していくべき問題であると考える。

3 全農林警職法事件最高裁判決

 我が国における公務員の争議行為の禁止が憲法に違反しないものであることについては、昭和48年の全農林警職 法事件最高裁判決(以下「全農林判決」という)という判例が存在している。
 国家公務員法の争議行為等の禁止規定が憲法違反であるか否かが争点の一つとなった上記事件においては、公務員の労働基本権につい て、

@ 公務員も勤労者として、自己の労務を提供することにより生活の資を得ているものである点において一般の勤労者と異なるところはないから、日本国憲法第28 条の労働基本権の保障は公務員にも及ぶものと解すべきであるとした上で、

A 労働基本権は、勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであって、それ自体が目的とされる絶対的なものではないから、おのずから勤労者 を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を免れないものであるとし、

Bこの点について、非現業国家公務員についてみると、こうした公務員が争議行為に及ぶことは、その地位の特殊性及び職務の公共性と相 容れないばかりでなく、多かれ少なかれ公務の停廃をもたらし、その停廃は国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、またはその虞れがあるため、労働基本 権に必要やむを得ない限度の制約を加えることは、十分合理的な理由があるというべきであるとし、

C非現業国家公務員の勤務条件の決定は、すべて政治的、財政的、社会的その他の諸般の合理的な配慮により適当に決定されねばならず、 しかもその決定は民主国家のルールに従い、立法府において論議の上なされるべきものであると勤務条件法定主義の考え方を整理した上で、争議行為の圧力によ る強制を容認する余地は全く存しないとし、公務員の勤務条件の決定に関し、使用者としての政府にいかなる範囲の決定権を委任するかは、まさに国会みずから が立法をもって定めるべき労働政策の問題であるとし、

D市場の抑制力が作用する余地がないため、公務員の争議行為は場合によっては一方的に強力な圧力となること等を論じた上で、

E非現業国家公務員は、労働基本権に対する制限の代償として、法定された勤務条件、人事院勧告制度、人事院に対する行政措置要求及び 不利益処分審査請求など制度上よく整備された生存権擁護のための関連措置による保障を受けている等とし、「国公法九八条五項がかかる公務員の争議行為およ びそのあおり行為等を禁止するのは、勤労者をも含めた国民全体の共同利益の見地からするやむを得ない制約というべきであつて、憲法二八条に違反するもので はない」と判示している。
 なお、全農林判決は国家公務員法に係る事案が争われたものであるが、公共企業体等労働関係法(当時)に係る事案については昭和52 年の全逓名古屋中郵事件最高裁判決という判例が存在している。
 同判決では、五現業(当時)職員は国家公務員であることにかわりはなく、また、三公社(当時)職員の勤務条件も国の資産の処分、運 用と密接にかかわるものであるとして、その勤務条件を「国会の意思とは無関係に労使間の団体交渉によつて共同決定することは、憲法上許されない」とする一 方「国会が、その立法、財政の権限に、基づき、一定範囲の公務員その他の公共的職務に従事する職員の勤務条件に関し、職員との交渉によりこれを決定する権 限を使用者としての政府その他の当局に委任し、さらにはこれらの職員に対し争議権を付与することも、憲法上の権限行使の範囲内にとどまる限り、違憲とされ るわけはない」と国会の立法裁量を整理した上で「公労、法一七条一項による争議行為の禁止は、憲法二八条に違反するものではない」と判示している。


第 2 争議権の意義及び争議権を付与すべきか否かの判断に当たっての留意点


1 自律的 労使関係制度及び争議権の意義

 基本法に規定された自律的労使関係制度について、本懇談会としては、第三者機関である人事院による勧告制度を 廃止し、責任ある使用者が時代の変化に対応して主体的に職員の勤務条件を考え、労使交渉を通じて職員の勤務条件を決定できる仕組みであると理解する。
 政府より示された素案(たたき台)においては、労使交渉を通じた自律的な勤務条件の決定が可能な制度を構築する意義として、人事・ 給与制度の改革に主体的に取り組むことで職員の意欲や能力を高め、有為な人材を確保・活用し、国民に対して効率的で質の高い行政サービスを実現していくこ とと整理している。
 国家公務員に争議権をも付与する場合には、自律的な労使関係の下、団体交渉の過程において労使が責任ある対等な立場に立って、交渉 が行き詰まった場合の打開手段として争議行為という選択肢も用意されていることを背景に、自主的な決着を目指してぎりぎりまで向き合うこととなる。こうし た争議権を織り込んだ労使関係の下において、人事・給与制度改革をはじめとする諸改革をより強力に推進することにより、行政の効率化や行政サービスの向上 を進めるという改革の意義が一層鮮明になるということができる。
 この点について、民間企業の労使交渉においても、労働側が争議行為を構えることによって、実際に争議行為に及ぶか否かは別にして、 経営側が真摯に労使交渉に臨む事例があるとの指摘があった。

2争議権を付与するか否かの判断に当たっての留意点

 国家公務員に争議権を付与するか否かについて政府が判断するに当たっては、以下の4つの要素を特に重視すべき であると考える。これらの要素がおおむね満たされる状況となれば、争議権を織り込んだ労使関係制度の実現に踏み出す前提条件が整ったことになるものと考え る。

(1)労働基本権制約原理の再整理と新たな枠組の提示の必要性
 我が国における労使関係の成熟や公務部門の在り方の変化等を踏まえ、これまでの国家公務員の労働基本権の制約原理を再整理した上 で、我が国社会経済の現状や将来展望に的確に対応した労働基本権付与の必要性に関する新たな理論的枠組を、争議権も含めた形で説得力を持って提示できるか 否か。

(2)争議権と職務の公共性との均衡を図る必要性
 国家公務員の職務の公共性等にかんがみ、争議権の行使に伴って国民生活に重大な影響が及ぶことを避けるため、付与の対象範囲、争議 行為に対する規制措置や事前の調整システムを、自律的労使関係制度の趣旨とも整合的な形で措置する必要が生じるが、こうした点について実現可能性のある制 度を構想できるか否か。

(3)公務特有の課題に適切に対処する必要性
 非現業国家公務員に争議権を付与することは、一面では国家の政策決定の責任者に対する争議行為の可能性を開くものであるため、いわ ゆる政治スト等の排除について考慮していくことが必要となるが、可能か否か。また、国家としての行政サービスを責任をもって提供する観点から、争議行為に より被害を受けた第三者に対する損害賠償について整理するなど、民間における労使関係制度を投影しても処理することが困難な問題について、対応が可能か否 か。

(4)争議権付与に国民の理解を得る必要性
 国家公務員に対して争議権を付与すれば、団体交渉に必要なコストが増嵩することや、争議行為の発生が国民生活に直接影響し、深刻な 問題を惹起する可能性もある一、方1でみたとおり国民に対する行政サービスの向上等も期待されるところであるが、こうした費用と便益の両面に照らして、国 民の理解を得られるか否か。
 また、国家公務員法等に公務員の身分保障規定が設けられている趣旨は成績主義の原則に基づく人事の公正の確保のためではあるが、社 会的には、国家公務員に争議権まで付与するのであれば、国家公務員の身分が現状のように安定したままでよいのかといった意見も聞かれることについて、考え 方を整理できるか否か。


第 3 労働基本権制約原理の再整理と新たな枠組の提示(第2-2-(1)関係)


1 「職務 の公共性」等の相対化

 公務員にも日本国憲法第28条の労働基本権の保障が及ぶことや、勤労者の労働基本 権は国民全体の共同利益の 見地からする制約を免れないことを前提とした上で、公務 員の争議権も含めた労働基本権を議論する出発点として、全農林判決が判示した内容 について、判 決当時から現在までの公務員を取り巻く情勢の変化に照らし、改めて検 討することが必要である。
 まず、労働基本権の制約理由として言及された議会制民主主義及び財政民主主義等の考え方は、我が国憲法に定められた統治構造の根幹 に関わる大原則であり、それ自体は今日においても基本的に妥当することは言うまでもない。
 他方で、公務員の「職務の公共性」や市場の抑制力が働かないという意味での「地位の特殊性」について全農林判決当時と現在を比較す ると、公共サービスの民間委託等が進むとともに、
・民間開放の進展の中で、公権力の行使を伴う事務の民間開放事例もみられるようになっていることや、
・ 競争の導入による公共サービスの改革に関する法律(平成18年法律第51号)に基づき、必ずしも国の行政機関が直接実施する必要性が高くない一定の公共 サービスを官民競争入札等に付するいわゆる市場化テストが実施されていることに代表されるように、全農林判決が前提としていた公務労働者と民間労働者との 二分法的な状況はかなりの程度変化している。
 したがって、公務員の労働基本権問題についても、公務員の「職務の公共性」や「地位の特殊性」が民間労働者との関係で相対化してい る現状を踏まえて議論していく必要がある。

2 争議権を付与する場合の規制措置等の必要性

 もとより、公務員は、憲法上、全体の奉仕者としての性格を有していることや、その職務が公共的なものであるこ と自体が変わるものではない。したがって、非現業国家公務員に協約締結権を付与するとともに、国家公務員に争議権も付与する場合には、国家公務員の性格を 踏まえた適切な争議行為に関する規制措置を併せて講じ国民生活に不可欠な国家公務の停廃を防止することが必要である。併せて、市場の抑制力が欠如している という問題についても、労使交渉の透明性を確保することを通じて、できる限り対応していくことが求められる。

3 争議権付与の可否も立法政策上の問題

 憲法上の要請を前提としつつ、使用者としての政府に勤務条件決定に関する一定の権限を与える枠組を整備するこ と自体、全農林判決にあるとおり「国会みずからが立法をもって定めるべき労働政策の問題」であるが、公務員の職務の公共性等が相対化している現状を踏まえ れば、2でみた適切な規制措置等を講じるならば、国家公務員に争議権を付与することについても、立法をもって定めるべき政策判断の問題と位置づけることは もとより可能であると考える。

4 新たな枠組の提示

 以上の全農林判決の再整理の上に立って、現時点において国家公務員に争議権を付与する場合の積極的な意義を整 理すれば、例えば以下のとおりである。
 我が国は、グローバル経済化の進展、国際関係の枠組の変化、少子高齢化の急速な進行と人口減少といった環境変化に直面しており、行 政機関は先例のない困難な課題にも迅速かつ的確に対応することが求められている。同時に、経済成長率の趨勢的な低下や巨額の財政赤字の累積の中で、政策の 企画や実施に投入できる行政資源の制約が強まっている。
 国家公務員については、政策立案能力に対する信頼の低下、コスト意識の欠如等が、批判されてきたところであるが我が国が直面する諸 課題を乗り越えていくためには、国家公務員一人ひとりが、複雑困難化する政策課題への対応能力を高めるとともに、コスト意識を徹底し、効率的な行政運営を 実現していくことが必要であり、それを可能にするための抜本的な改革が迫られている。
 こうした改革を可能にするためには、行政を取り巻く環境や新たな政策課題に対応した人事・給与制度等の見直しを、高い緊張感とモ ラールを持った労使が真摯に交渉しつつ積極的に実施できるようにしていく必要がある。
 したがって、日本国憲法第28条にいう勤労者である国家公務員に対して、協約締結権はもとより争議権をも付与することについて検討 することは、立法政策として許容できることであり、むしろ正面から議論すべき課題として位置づけられると考える。


第 4 協約締結権及び争議権の付与の範囲(第2-2-(2)関係@)


1検討の視 点と前提

 国家公務員に争議権を付与することを検討する場合、争議権の付与の範囲の在り方について、その前提となる協約 締結権の付与の範囲とも関連づけて検討の上、確定することが必要となる。
 なお、検討に当たっては、国家公務員法第108条の2において「職員の勤務条件の維持改善を図ることを目的とし、かつ、当局と交渉 する団体を結成し、又はこれを加入してはならない」とされている警察職員及び海上保安庁又は刑事施設において勤務する職員についての取扱は変えないものと 仮定する。
 以下は何らかの尺度で協約締結権及び争議権を付与するか否かを切り分けた場合、国家公務員全体について整合的に説明できるかに留意 して検討した結果を整理したものである。

2「民間と比較可能な業務か否か」による区分の可否

 はじめに「民間と比較可能な業務か否か、換言すれば、業務内容が民間企業労働、」者と同じ尺度で比較できるか 否かで国家公務員の職務の公共性の度合いを区分し、その状況に応じ、協約締結権や争議権の付与の範囲を切り分けるという考え方について検討する。
 近年、国の行政機関等が担っていた業務の一部を非特定独立行政法人や国立大学法人等の形態で切り出したり、公社等の民営化を進める とともに、国家公務員の定員合理化も進んでいる。他方で、民間開放や市場化テスト等により職務の公共性は相対化しているものの、実際に国家公務員が担う事 務の中で、民間と比較することが難しい業務、いわば公務員が担うべきコア業務の度合が高まっているとも考えられる。
 同時に、国家公務員が実際に担っている業務の内容は広範にわたる中で、公務分野の業務が停廃した場合の国民生活等への影響を推定 し、これを横断的に比較衡量するという作業には、実際には困難な面がある。
 以上から、現時点においては、民間と比較可能な業務と比較困難な業務といった尺度によって、国家公務員が携わっている全ての業務に ついて協約締結権及び争議権を付与するか否かを区分することは困難が多いものと考える。

3「本省・地方機関」、「企画と執行」による区分の可否

 次に、協約締結権及び争議権の付与の範囲を「本府省と地方支分部局・施設等機関」で切り分けることや「企画立 案部門と執行部門」で切り分けることについて検討する。
 こうした切り分けを行えば、2でみたとおり国家公務員全体が民間と比較することが難しい業務に純化する傾向を強める中で、業務の運 営に当たって密接不可分の関係にある機関や部門の職員どうしの労働基本権の在り方に差異を設けることになる。
 現状の職務実態等を前提とすれば、争議権を付与された職員が仮に争議行為に及んだ場合、関連する機関や部門の業務運営にも大きな影 響が及ぶため、公務の停廃の防止の観点からの整理は難しいものと考えられる。また、例えば同一の職制上の段階に属する職員が、同一の組織の中で企画部門に 配置されるか執行部門に配置されるかによって、協約締結を前提とした団体交渉に臨めるか否かに差異を設けることは、企画業務と執行業務が表裏一体に運営さ れていることにかんがみれば、当事者の納得感を得にくいものと考えられる。
 このため「本府省と地方支分部局・施設等機関」「企画立案部門と執行部門」の尺度で、協約締結権及び争議権を付与するか否かを区分 することは困難であると考える。

4「一定の幹部職員とその他の職員」による区分の可否

 次に、職位に着目して協約締結権及び争議権を付与するか否かを切り分けることについて検討する。
 まず、事務次官等の幹部職員は、政務三役と一体となって、もっぱら使用者側に立ってマネジメントに当たる職員であり、自律的労使関 係制度の構築に際して、そうした性格を明確に位置づける観点から、立法政策として、既に付与されている団結権の在り方も含めた労働基本権の在り方を見直す ことには、検討する余地があるものと考えられる。
 実態面から言っても、これらの幹部職員が団結権を行使した上で団体交渉や争議行為に及ぶことは考えにくく、既に付与されている権利 を制約することについても、関係者の理解を得られるのではないかと考えられる。
 また、争議権については、団体交渉における要求実現のため労務不提供をもって使用者に対抗する手段的な権利としての性格を有してお り、こうした争議権の性格に照らして、これを付与する職制上の範囲について、具体的に検討していく必要があると考える。
 素案(たたき台)においては「事務次官及び外局の長官等」を協約締結権の付与、対象から除く旨が明記されているところであるが、政 府においては、協約締結権の付与対象から除く幹部職員の範囲を確定する作業と並行として、仮に争議権を付与する場合、付与する職制上の範囲を協約締結権と 同等のものとするか否かについて、以上の整理も参考として検討されたい。また、そうした検討に際しては、協約締結権及び争議権それぞれの付与対象から除外 される職員についての労働基本権の制約原理、代償措置の在り方等についても整理されたい。


第 5 争議権を前提とする場合の団体交渉の在り方(第2-2-(2)関係A)

1 検討に 当たっての前提条件

(1)責任ある使用者機関の確立
 争議権の付与の有無にかかわらず、協約締結権の付与を前提として労使関係制度を自律的なものとしていくためには、現在、複数の機関 に分散している国家公務員の人事行政関連機能を集約し、責任ある使用者機関を確立することが不可欠である。
 素案(たたき台)には「国家公務員の制度に関する事務その他の人事行政に関する事務のほか、行政機関の機構・定員に関する事務、国 家公務員の総人件費の基本方針に関する事務等を所掌する使用者機関(公務員庁(仮称)を設置する」旨の記述が)あるが、使用者機関の設置に向けた具体的な 検討に際しては、勤務条件について責任をもって交渉を行いつつ、国家公務員の人事行政全般にわたり高い専門性をもって当たるとともに、国民に対する説明責 任を果たす機関としていくことが不可欠である。

(2)労使交渉の透明性の確保
 争議権の付与の有無にかかわらず、団体交渉を踏まえた勤務条件の決定について説明責任を果たし、市場の抑制力が働かない中で適正な 妥結結果を確保するとともに、健全な労使関係を構築するためには、団体交渉の概要及び団体協約を公表することとするなど、労使交渉の透明性を確保していく ことが不可欠である。
 こうした措置を講ずることによって、国家公務員の勤務条件をめぐる交渉に国民の関心が高まり、労使間の馴れ合いや安易な妥協に対す る抑止効果が生じ、全農林判決が判示した「市場の抑制力」が作用する余地がないという面を補完する効果も期待できる。

(3)労使による自主的解決に向けた環境整備
 争議権の付与の有無にかかわらず、自律的労使関係制度を措置する以上、勤務条件をめぐる団体交渉について、できる限り自主的かつ円 滑な解決が図られるようにすることが不可欠である。
 その意味では、労使双方が当事者意識をもってしっかりと向き合い、適切な人的体制を整えた上で、自主的な決着に向けて真摯に交渉を 行うことがまずもって重要である。国家公務員、特にこれまで協約締結権が制約されてきた非現業国家公務員の労使当事者が、責任をもって団体交渉を決着さ せ、安易な争議行為の発生を避け得るような労使関係制度をつくりあげていくことが必要である。
 同時に、労働争議の自主的な解決の援助手段として位置づけられているあっせん、調停及び仲裁の機能が十分発揮されることも必要であ り、こうした機能を担う専門的な第三者機関である中央労働委員会の機能が国家公務員についても発揮されることが期待される。

2団体交渉不調時の調整システム

(1)基本的考え方
 国家公務員に争議権を付与する場合、争議権付与の趣旨が国家公務員の勤務条件をめぐる団体交渉に活かされるようにする一方、国家公 務員の職務の公共性等を踏まえた団体交渉不調時の調整システムを設計する必要がある。具体的には、以下のような基本的考え方に立って、調整システムの制度 設計を行っていく必要がある。
@ 協約締結に向けた団体交渉が膠着した状態にあっても、労使が真摯に向き合って自主的解決を図るための努力を促進するという自律的労使関係制度の趣旨にか なった枠組とすること。併せて、交渉過程の透明化を通じ、国民の視線が注がれるようにすることによって市場の抑制力の欠如を補完する考え方を、調整システ ムにも援用すること。
A 労働組合法(昭和24年法律第174号)及び労働関係調整法(昭和21年法律第25号)に規定されている民間企業一般の争議行為に係る仕組(例:安全保持 施設の正常な運行を妨げる争議行為の禁止)を導入すること。関連して、民間企業労使が労働争議に際しての安全保持や最低限の公益的なサービス提供の観点か ら、労働協約や事業場における労使協定において、労働争議発生時の保安要員等について取り決めている例についても運用面での参考にすること。
B 労働関係調整法に規定されている公益事業に関する特別な仕組(例:争議予告、強制調停等)については、国家公務員の職務の公共性に照らし、他の特例的な仕 組と齟齬や重複を来たさない範囲で導入すること。
C 現在の特労法に規定されている強制仲裁の仕組を参考に、国家公務員に争議権を付与した場合における性格づけの見直しを行った上で、公益保持の観点の争議行 為の制限の必要性とも関連づけて、新たな強制的な仲裁制度を導入すること。
D 様々な特例制度が整合的に運用される枠組とすること。また、自律的労使関係制度の趣旨と整合する弾力的な制度設計とすること。

(2)争議権を付与する場合の調整システムの構想例
 (1)の基本的考え方に立って、争議権を付与する場合については、国家公務員法制において、安全保持施設における争議行為の禁止な ど民間労働法制でも一般的に課されている規定を置いた上で、例えば以下のような特例的な調整システムを設け、
・ 当事者による自主的な努力のみによっては調整が困難な場合であっても、第三者機関に安易に頼ることなく、可能な限り労使の努力が反映された決着を目指す仕 組みづくりを図るとともに、
・公益保持の観点から真に必要な場合に限って、新たな仲裁措置を講じる道を開くことが考えられる(別添1「争議行為に係る規制・調整 措置のモデルケース」参照)。なお、以下は、あくまでモデルケースであり、政府においては、さらに様々な具体案を俎上に載せそれぞれの案の実効性や留意点 等を比較衡量することが求められる。

<モデルケース>

@:争議予告
○ 労働関係調整法において、公益事業における争議行為が国民に及ぼす影響を考慮して設けられている争議予告の制度について、国家公務員法制にも導入する。
○具体的には、国家公務員について、争議行為をするには、その争議行為をしようとする日の一定期間以上前までに、中央労働委員会及び 厚生労働大臣にその旨を通知しなければならないものとした上で、通知を受けた厚生労働大臣は公表を行うこととし、併せて、予告義務に違反して争議行為を 行った場合の罰則を設ける。なお「一定期間」について、公益事業では10日となっているところであるが、
 国家公務員の争議行為については、国民に十分な周知を図り、その不便や損害をできる限り食い止める必要性が公益事業より高いこと、
・公表後、当該労使交渉に国民の視線を集め、労使が世論の動向もみつつ、ぎりぎりの交渉を行い、自主決着に至る可能性を高める観点か らは予告期間の確保が必要であることから、10日より長い適切な期間を定めることが考えられる。
○ 争議予告時の通知内容については、公益事業では事件、日時、場所及び概要とされて
いるが、国家公務員については、国民への説明責任の観点から追加すべきものはないか
政府において検討し、不足している要素があれば追加すべきと考えられる。

A:一定の場合の争議行為禁止を伴う強制調停
○ 労働関係調整法において、公益事業及び公益に著しい影響を及ぼす事件については、関係当事者の双方の意思に基づく任意調停のほかに、いわゆる強制調停が設 けられている。特に、日本電信電話株式会社法及び電気通信事業法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(昭和59年法律第87号)第54条により改正 された労働関係調整法により、日本電信電話株式会社発足後3年間に限って講じられた特例措置(以下「NTT特例」という)では、国民経済や国民生活に相当 の影響を及ぼす可能性のある争議行為につ。いて、労働大臣(当時)が強制調停を請求し、その旨を公表してから調停終了までの間(調停期間が15日を超える 場合、15日間)は争議行為をしてはならないとされていた。
○また、労働関係調整法において、公益事業等に関する事件で、例えば基幹産業の大規模ストや日常必需品の供給に影響を及ぼすようなス トなど「国民生活の運行を著しく阻害し、又は国民の日常生活を著しく危くする虞があると認める事件」等について、内閣総理大臣は緊急調整を決定し、その場 合、中央労働委員会は当該調整に最大限の努力を尽くすこととされているが、その際、内閣総理大臣の決定が公表された後50日間は争議行為をしてはならない こととされ、違反時の罰則も置かれている。
○ NTT特例を含む強制調停や緊急調整を参考に、国家公務員法制において、争議行為のうち、国民経済や国民生活に影響の大きいものについては、双方申請、労 使協定に基づく労使いずれかからの申請による任意の調停手続のほか、労使いずれかの申請、中央労働委員会の職権、主務大臣・内閣総理大臣からの請求により 調停手続に入るものとすることが考えられる。
 特に、公益の観点から行われる強制調停請求の主体に関しては、内閣総理大臣に限る
案のほか、
・ 所管行政の責任者としての主務大臣を請求主体とすべきであり、内閣総理大臣はBの「新型仲裁(仮称」のみの請求主体であった方が全体にバランスの取れた制 度設)計になるという意見、
・ 主務大臣・内閣総理大臣のほか、公益の観点からの判断を下す第三者機関が関与する可能性もあり得るところであり、より多様な選択肢を構想していく必要があ るという意見等があった。
○公益の観点から調停が請求された場合、一定期間、争議行為について、違反時の罰則付きで禁止するとと もに、労使交渉の経過等を公表する措置を講ずることにより、当該調停に対する国民や国会の関心を集め、交渉の早期決着と争議行為の実施の回避を目指すこと が考えられる。なお「一定の期間」について、緊急調整を参考に50日間とすることも考えられる。
○併せて、国家公務員の強制調停については中央労働委員会が職権により公開できることとし、透明性の向上による早期決着を一層促すこ とについても検討の俎上に乗せることが考えられる。こうした措置を講ずることは、いわゆる政治ストなど不当な争議行為の排除にも資するものと考えられる。
○国家公務員に関する事件の調停については、特に迅速な処理を図るため、所要の優先的取扱規定を設けることが考えられる。

B:新型仲裁(仮称)
○ 国家公務員法制において、@の争議予告後、国家公務員の争議行為が国民経済や国民生活に深刻な影響を与えるおそれがあるか、又は深刻な影響を与えつつある 場合に限り、内閣の首長たる内閣総理大臣は、中央労働委員会に仲裁裁定を請求することができるものとすることが考えられる(後述のように、請求主体につい ては、内閣総理大臣以外に中央労働委員会の調整機能等を重視する別な選択肢もある。)。新型仲裁(仮称)がなされた場合、当該裁定には双方とも最終的な決 定として服従しなければならないものとするが、例えば法律の制定改廃を必要とする事項について仲裁裁定がなされた場合、内閣は仲裁裁定の内容を法律案に適 切に反映させる努力義務を負うこととするなどの対応が必要であると考えられる。
○内閣総理大臣が新型仲裁(仮称)を請求してから 実際に仲裁裁定がなされるまでの間については、公務の停廃を防止する観点から、争議行為を禁止することが必要であると考えられる。
○ 以上のように、新型仲裁(仮称)は強い法的効力を持つものであることから、自律的労使関係制度の趣旨と親和的な制度とするためには、内閣総理大臣が請求す ることができるのはどのような場合か、その要件を絞り込む実務的作業が必要であり、政府における検討がまたれる。
○ 新型仲裁(仮称)の開始要件については、内閣総理大臣の請求のほか、中央労働委員会のあっせん・調停に付された事案であって、あっせん・調停により解決す ることが困難と同委員会が判断するものについて、国民生活に及ぼす影響の大きさにかんがみ、争議行為によらずに弾力的かつ実効的に解決を図る旨、同委員会 が決議した場合を加えることが、Aの強制調停など他の調整手続との連携の観点も含め、紛争解決の実効をあげることにつながるとの意見があった。
○ これに対し、制度設計全体を考えた場合、強制調停等において労働者の団結擁護を通じた労使交渉の促進という方向から様々な制度を措置することへのカウン ターバランスとして内閣総理大臣の仲裁申請が位置づけられるものと考えれば、内閣総理大臣申請のみという選択肢もあり得るのではないかとの意見があった。

(3)いわゆるスト規制法について
 実際に発生した労働争議が惹起した国民経済や国民生活への深刻な影響を踏まえ、昭和28年に制定された電気事業及び石炭鉱業におけ る争議行為の方法の規制に関する法律(昭和28年法律第171号、以下「スト規制法」という)に範をとった仕組を国家公務員法制において整備すれば、国家 公務員に争議権を付与しても問題を生じないのではないかとの意見については、以下のように考え方を整理できる。
 まず、国家公務員について、一定範囲の業務関連の争議行為を禁止するスト規定法のような形で規制を講じれば、民間部門で担うことの 難しい業務への純化が進展している現在の国家公務員の実情に照らせば、ほとんどの範囲について争議行為を禁止することになりかねないことに留意が必要であ る。
 また、見方を変えれば、上記モデルケースのように、団体交渉の進行過程で交渉の不調の兆候が見えたとしても、各段階で適切な調整措 置を組み合わせていくことにより、結果的にはぎりぎりまで労使が真摯に向き合うことを可能にしつつ、公益の観点からの規制を担保することは可能であるとも 考えられる。
 したがって、こうした枠組の構築を通じて、スト規制法のような規制方式に代わる実質を備えることを目指し得るものと考えられる。同 時に、仮に国家公務員に争議権を付与した後に、争議行為に伴って当初想定していなかったような深刻な問題が惹起された場合、その時点でスト規制法のような 規制方法を導入することについて改めて検討することとなる可能性もあるものと考える。

(4)労働基本権制約に対する代償措置についての整理
 以上の議論を労働基本権制約に対する代償措置の観点から整理すれば、
@ 現行の人事院勧告制度は協約締結権及び争議権を制約することの代償措置の重要な要素として位置づけられているが、
A 協約締結権を付与して争議権を制約する場合は、現行の特労法に規定されている中央労働委員会による仲裁裁定制度が争議権制約の代償措置のひとつとして位置 づけられることとなり、
B 協約締結権及び争議権の双方を付与する場合、@・Aと同様の観点からの代償措置に関する検討は基本的には不要となろうが、仮に(3)でみたスト規制法のよ うな規制手法を将来的に検討するのであれば、その際には代償措置について改めて整理する必要が生じるものと考える。


第 6 争議権をめぐる公務特有の課題への対処(第2-2-(3)関係)

1 違法な 争議行為の企画、助長等の防止

 第1−1でみたとおり、現在、国家公務員法及び特労法では職員の争議行為を全面的に禁止している。特に国家公 務員法では、職員が争議行為を行った場合、懲戒の対象にはなっても刑事罰の適用はないが、職員以外の者も含め、争議行為の企画、助長等を行った場合には、 刑法の教唆犯と異なり、独立して刑事罰を科すこととしている。
 これは、国家公務員の職務の公共性等に照らし、国民全体の共同利益の観点から争議行為を未然に防止することを重視したためであると 考えられる。
 特に、非現業国家公務員の争議行為は、国家の政策決定の責任者でもある使用者に対するものであるため、仮に争議権を付与した場合で も、例えば特定の政治的主張の示威又は貫徹を目的とするような争議行為は、直ちにいわゆる政治ストとなる。こうした正当でない争議行為を、勤務条件に関す る正当な争議行為と切り分けることが可能か否かについて、争議行為の実施前に判断することは困難な場合もあるが、その過程や事後であれば可能であるとも考 えられる。
 この場合、
@服務規律の確保の観点から、現行の争議行為の全面的な禁止規定に代えて、正当でない争議行為 の禁止規定を置き、違反者の懲戒等を可能にするか否か、
A 国家の安寧秩序を保持する観点から、正当でない争議行為の企画、助長等を行った者に対する科罰規定を置くか否か、また、こうした規定は構成要件の明確さを 欠くことにならないか等の点について、政府において詰めた検討を行うことが期待される。
 特にAの点については、現在の国家公務員法の争議行為の企画・助長等による科罰規定自体に裁量性の大きさや、予測可能性の低さとい う問題を内包しており、できるだけ行政刑罰に頼ることのない仕組みをつくっていく観点からも、規定自体を削除するのが好ましいとの意見があった。
 併せて、争議行為の正当性の判断基準に関しては、明らかに正当性のない争議行為の類型を例示した上で、判例や運用の蓄積をまって基 準を確立していく考え方もあり得るのではないかとの意見があった。これに対し、あるべき判断基準について、できる限り法令で明示していくことが法治国家の 基本であり、安易に判例・運用に委ねるのは適当ではないとの反論が示された。
 なお、以上の点について、服務規律の観点からは行政処分で対応すれば十分であること、争議行為のあおり、唆しをめぐる事案は国家公 務員については長年にわたり問題となっていないこと等から、少なくとも刑事罰については削除すべきであるとの意見があった。
また、第5−2「モデルケース」との関連で、争議予告を受けた時点で中央労働委員会が争議行為の目的・手法の正当性を審査し、正当で ないと判断された争議行為については実施できないものとするような枠組は制度として設計可能か議論した。その際、そうした正当でない争議行為が実施された 場合、当該争議行為の企画、助長等を行った者に科罰することが可能かという点についても論点となった。
 この案については、仮に国家公務員については争議予告期間を長く確保したとしても限られた日数の中で正当・不当の判断を行うことは 困難であること、争議行為の目的等は争議行為の過程で変化し得ること、そもそも労働者の団結擁護を任務のひとつの柱とする中央労働委員会に最終的には職員 等に対する科罰の基準となる問題についての判断を求めることはなじまないこと等から、モデルケースに位置づけることは困難であるという結論に至った。

2争議行為により被害を受けた第三者への損害賠償

 国家公務員に争議権を付与する場合、国家としての行政サービスを提供する責任の観点から、争議行為によって国 民、民間企業等の第三者が損害を被った場合、国は賠償責任を負うかという問題について、考え方を整理することが必要になる。
 この点について、民間労働法制では、使用者が第三者に対して契約上負担する債務が争議行為によって履行できない場合、使用者が債務 不履行の責任を負うか否かについて学説は一致をみておらず、判例の蓄積も乏しいことから、民間労働法制との均衡の観点から議論を深めるのは難しいものと考 えられる。
 この問題については、立法政策として国家公務員に争議権を付与することが国民との関係でどのような意味を持つのか、また争議行為が 行われた時点で第三者との関係では使用者責任を離れた問題になるのか等の原点に立ち戻って精査する必要があり、仮に政府が争議権の付与を考えるのであれ ば、改めて実務的な観点も含めた集中的な検討が必要になるものと考える。


第 7争議権に対する国民の理解(第2-2-(4)関係)

1 国民の 理解を得る上での留意点

 「はじめに」でみたとおり、基本法は「国民の理解のもとに、国民に開かれた自律的労使関係制度を措置するもの とする」旨規定しており、自律的労使関係制度を措置するには、国民の理解を得ることが不可欠の前提とされている。
 第2−1において、非現業国家公務員に対する協約締結権の付与を軸とする自律的労使関係制度の構築の意義、とりわけ、それが国民に 対する効率的で質の高い行政サービスを実現することを究極の目的とする重要な改革であることを整理したところであるが、まずは、この点について国民の理解 を得ていくことが必要である。
 ここで、争議権を対象とした調査ではなく、協約締結権をめぐる国による世論調査として、広く国民一般を対象として平成21年に実施 された「国家公務員制度改革に関する特別世論調査(内閣府政府公報室)をみると「必要な措置がなされた場合、労使交渉により給与等の勤務条件を決める仕組 みを導入すべきか」という質問に対して、
・「導入すべき(29.9%」)、「どちらかといえば導入すべき(30.1%)と回答」した人を合わせると59.9%、
・「導入すべきでない(7.6%」)、「どちらかといえば導入すべきでない(8.3」%)と回答した人を合わせると16%
 となっており、国家公務員について労使交渉を通じた自律的な勤務条件の決定が可能な制度を構築する意義に関しては、国民からも一定 の支持を得ているものと考えられる。
第2−1で整理したように、国家公務員に争議権をも付与すれば、団体交渉の過程において労使がぎりぎりまで向かい合うことにより、抜 本的な人事・給与制度の改革を進め、行政サービスの向上にも資するものと考えられるが、反面、争議行為が生じた場合の国民生活への影響など新たに勘案すべ き重大な要素も生じることから、より慎重な検討が必要になる。
 そうした検討に当たっては、以下のような点に留意していく必要があるとの意見が示されている。
@国家公務 員の争議行為は近年みられなくなっているとはいえ、過去には、様々な公的部門で労使関係が悪化して違法な争議行為が生じ、国民生活に多大な不便をもたらし た結果、国民から強い批判を浴びた経緯があること。
A 争議権は使用者に対抗する上での団体交渉上の「究極のハードパワー」であり、第5でみたような調整システムや規制措置を設けても、仮に争議行為が発生した 場合、国家公務員の職務の公共性等から国民生活に深刻な影響をもたらす可能性は排除できないものであること。
B 国家公務員の争議行為は長年にわたって禁止され、特に近年は全くみられない中で、国民は現実感を持って国家公務員の争議権について議論しにくい状況にある こと。また、同様の事情から、第6でみたとおり、争議行為についての実例が乏しい中では判断することが難しい公務特有の課題が存在しており、その中には第 三者への損害賠償など国民との関係で検討されるべきものも存在すること。

2 便益と費用について

 争議権の付与の是非について国民的な議論を深めていく過程では、1でも触れたように「非現業国家公務員に協約 締結権を付与するが、国家公務員に争議権を付与しない選択肢」と「非現業国家公務員に協約締結権を付与するとともに、国家公務員に争議権を付与する選択 肢」では、便益及び費用をめぐる構造が異なることに留意が必要である。
 まず「非現業国家公務員に協約締結権を付与するが、国家公務員に争議権を付与しない」場合については、基本的に行政機関の内部管理 の在り方の見直しが及ぼす影響、すなわち、
・ 内閣の人事管理機能の強化、高度化・多様化する行政ニーズへの円滑な対応、職員のモラールの向上と有為な人材の確保等の便益と
・交渉に係る様々なコストや、交渉不調の場合の調整コストの増大等の費用の双方が生じることを考慮することとなる。これに対して「非 現業国家公務員に協約締結権を付与するとともに、国家公務員に争議権を付与する」ことを検討する場合には、上記と同様の比較とともに、争議行為に対する規 制措置等の効果も勘案しつつ、争議行為が生じた場合の国民生活への影響や、争議権を持つことによって労使交渉の緊張感が高まることの効果も推定し、より総 合的に便益と費用を検討する必要が生じる。

3 社会的な関心事項との関係

 近年、公務員の給与等の勤務条件や雇用保障の在り方に社会的な関心が示されており、公務員は雇用の面で安定し た立場にあるにもかかわらず、労働基本権とりわけ争議権まで付与する議論を行うことについては、違和感なしとしないといった意見も示されている。
 この議論の前提として、まず、自律的労使関係制度の措置は、職員の勤務条件決定を第三者機関に依存する現行の仕組から、透明性の高 い団体交渉を通じて労使が自律的に決定できるように改革すること自体に主眼があるのであって、そうした制度を整備することと、給与等の勤務条件について時 の使用者がどのような方針で交渉に臨むかは、別個独立の問題であると整理すべきものである。したがって、国家公務員の給与水準を特定の方向に変えるために 自律的労使関係制度を措置する訳ではないということを前提として強調しておきたい。
 次に、国家公務員法等に公務員の身分保障規定が設けられていることについては、成績主義の原則に基づき、情実人事を排して公務員人 事の公正性を確保することが公務の民主的かつ能率的な運営に資するとされているためであって、労働基本権の問題とは直ちに対比して論じられるべきではない ものと考える。
 その上で、社会的な関心事項との関係では、公務員の雇用保障の強さについての整理が必要であるとの考え方もある。例えば、これまで の大規模な機構や定員の見直しに際しては、政府と職員団体が協議しながら府省横断的な配置転換等に努力してきたことなどもあり、国家公務員法に規定される 廃職過員が生じた場合の分限降任・免職の規定については、最近の旧社会保険庁をめぐる事案までは、ほとんど適用事例がなかった。
 仮に、国家公務員に争議権まで付与するならば、集団的労使関係制度の在り方という意味では民間と基本的に同様の状況になる訳であ り、労使交渉等により解雇以外の種々の雇用調整等の措置を尽くした上での整理解雇を視野に入れた議論にも道を開くこととなる。これは、さらなる行政改革に 資する可能性もあるが、反面、公務の能率的かつ安定的な運営の観点から、そうした変化が受容されるといえるのかという意見も示されており、こうした点につ いての国民的な議論を深めていく必要があるものと
考えられる。

4 国民の意見を把握する必要性

 以上のように、争議権付与の是非については、国民との関係で難しい課題が多く、争議権付与の是非を判断する上 では国民の意見を適切に踏まえていくことが必要であ
る。
 政府においては、立法政策として国家公務員に争議権を付与するか否かを判断するに先立って、以上のような留意点を念頭に置いた上 で、論点や選択肢を国民に広く提示し、その意見を受け止めつつ、最終的な改革案を取りまとめていくことが適当である。
 同時に、公務員制度改革全般の意義や課題について、国民各層に分かりやすく発信する努力を続けられるよう求めたい。

おわりに〜政 府における検討の進め方について〜

 60年間 以上にわたり制約されてきた協約締結権を非現業国家公務員に付与し、労使が職員の勤務条件を自律的に決定し得る仕組みに変革することは、国家公務員制度の 歴史的な転換であり、これを円滑に成し遂げるためには、周到な準備を行っても、なお多くの困難や運用における試行錯誤を伴うものと考える。
 仮に政府が国家公務員に対する争議権付与の意義を積極的にとらえ、その実現を図ろうとする場合でも、まずは協約締結を前提とした団 体交渉システムないし自律的な労使関係の樹立に全力を注ぎ、そうしたシステムにおける団体交渉の実態や課題をみた上で争議権を付与する時期を決断すること も、一つの選択肢となり得るものと考える。
 具体的には、素案(たたき台)に新たに位置づけられた「使用者機関」や、非現業国家公務員の労使交渉が不調の場合の調整事務等をも 担うこととされた中央労働委員会の協約締結権付与後の業務運営状況等を検証する期間を設けるとともに、当該期間における団体交渉の不調事例に具体的に即し ながら、第5−2で検討した調整システムの運用や第6でみた公務特有の課題等について、より詳細な検討を行っていくことも考えられる。
 政府においては、自律的労使関係制度の全体像の一環として、争議権の付与について最終的な決断を行うに当たっては、付与自体の是非 のみならず、仮に付与する場合の付与の時期や、付与するまでの間における検討の在り方等についても、併せて適切に判断ありたい。
 公務員制度は国家にとって重要な基盤であり、その抜本的な改革に際して政府には、国民の理解のもとに適切な判断をされることを祈念 する。

○添付資料

 (別添1) 争議行為に係る規制・調整措置のモデルケース(PDFファイル)

 (別添2) 自律的労使関係制度に関する改革素案【たたき台】(同)

  (参考) 懇談会の委員構成および開催日程(同)